昭和52年09月25日 朝の御理解



 御理解 第66節
 「人間は勝手なものである。いかなる知者も徳者も、生まれる時には日柄も何も言わずに出てきておりながら、途中ばかり日柄が良いの悪いのと言うて、死ぬる時には日柄も何も言わずに駆けっていぬる。」

 お道の信心では神乍らという言葉を沢山使います。日々が神乍らの一日である。神乍らに生まれる。そして神乍らに死ぬると。神乍らに生まれて神乍らに死ぬると頂けるところにお道の信心があると思うのです。今日のような忙しい時に生まれてとか、今日のような雨風のような日に死んだりしてとかと、例えばそれでもやはり神乍らである。自分の力ではどうにも出来ない事なのである。
 日柄も方位もいわずに勝手に出てきておりながらと教祖様は仰っておられます。死ぬる時にもやはり日柄も何も言わずに掛けっていぬるとこう言っておられます。それをなら金光様のご信心を頂かせて頂いて、神乍らに生まれて神乍らに死ぬると。人間の人生というものは所謂(たらい)から(たらい)の50年と言われます。その(たらい)から(たらい)の五十年をいかに生きるかと言う事が信心です。いわゆる価値ある生き方なんです。値打ちのある生き方なんです。
 そこに私は真の信心があると思うのです。その真の信心をさせて頂いて稽古させて頂きよらんとです、神乍らに生まれて神乍らに死ぬると言えないし、また神乍らだなあと思わせて頂くようなおかげも頂けんのです。例えばお取次ぎを頂いてお願いをさせて頂く。例えば出産なら出産と言う事でもまあ、10月10日と言われますけれども、神様のご都合で何日早く生まれたり、何日遅く生まれたりと言う事もあります。
 そしてその願いをしておる人の一番都合の良い時期に、都合の良い時にご都合お繰り合わせが頂けるのです。この頃からビリグイ教会の末永先生所もやっぱりそうです。毎日掛かり付けの日本人の産婦人科の先生に診てもらっておる。ですからもういつ頃が予定だ、いつが、という風に決まっておるですけれども、安心しておられたのかなにか、丁度出産の時にその先生がおられなかった。三日間も旅行に出てあったというのです。その旅行中にいうなら催しが始まった。
 そこへあちらの、ブラジル人の御信者さんが二人お参りになった。そしてそんなら一つ私共の親戚に、産婦人科がおられますから、そちらに一緒に行きましょう。というてその方の親戚の所謂ブラジル人の方の、産婦人科の病院に入院させて頂きました。もう何から何まで万事お繰り合わせを頂いて、行きがけにまだこの位な痛みだから、まだちょっとやそっとで生まれるとは思われんけれども、まあそんなら行かせて頂こうというて、もう行ってからまもなく安産のおかげを頂いておる。
 しかも本当に安産であったおかげに、帰ろうと思われるならあくる日の事ですけれども、もう帰られても良いですよと言う様な、体の親子とも状態であった。いかにも掛かり付けのお医者さんが旅行中、そういういわばばちの悪い時に生まれるなんて、困ったことだとまあ言う所でしょうね。ところが次のその次にはもう、あれそれ言う事も何もいらんそのまま、ブラジル人の先生のところに行った。そこには丁度総代をしておられる息子さんの嫁さんも入院しておった。
 そういうわけで日本人の付き添いもおった。しかもアッという間に安産のおかげを頂いておられます。いうならばちが悪いとかまあ丁度先生が、旅行中に生まれんでもという感じがちょっとするのですけれども、後から考えてみるとそれがおかげであった事が分かる。日本人の先生の所で生ませて頂けば二十万かかるそうです。所がブラジル人の先生の所で生まれたから、しかも一日しかおりませんから、一万円で済んだ。
 まあ是は金銭の上ですけれども金銭の上でもなら、末永先生の所では二十万と言えば大金に違いない。もう神様がわざわざそこに日にちを選って言って時を選んで下さっておるというのがその前後の事から分かるでしょう。言うならば信心をさせて頂いておったらそういうご都合お繰り合わせ、これは丁度家のとりあげの真っ最中に生まれだんせんじゃろうかと、田植えの真っ最中じゃなかろうかと例えば言う様な日に当っておってもです、例えばお湿りならお湿りがあって、まあ丁度うるいよけと申しますかね。
 その時に手を労せんで生まれるとか。本当に昨日まではあんな雨嵐だったのに、よっぽど、その生前の行いがよかったのじゃろう。こういう良いお天気の日に亡くなられたとか。そういう私はおかげが受けられるのがお道の信心だと。だからそこにどう言う事になるかというと、神乍らに生まれて、神乍らに死ぬる事が出来るのが真の信心だというわけなんです。いうならばその為にはです、その途中が大事だという事。神乍らに生まれて、神乍らに死ぬると。
 そこで途中ばかり日柄やら、日柄が良いの悪いのというて、と言う様な天地に対する御無礼な、何が一番御無礼というても、天地に対するお粗末ご無礼が一番の御無礼です。人間の難儀の元は皆ここなんです。人間ですから様々な事がありま。御粗末御無礼な事がありますけれども、まあそう言う事はね、実をいうたら神様の目からご覧になったら、たいしたお粗末ご無礼にならんのです。けれども一番のご無礼は天地に対する不足とか不平とかお粗末ご無礼です。
 ご理解三節にありますように、人間の思い違い考え違いがそういう、お粗末ご無礼を致します。教祖様の信心のいうなら難儀の元というものを教祖の、いわゆる喝破しておられるというのは、その所が一番素晴らしいと思うのです。例えばキリスト教的に罪とかまたは仏教的に言う因縁とか、そういう前世においてそういう罪を犯しておる。又はそういう因縁を作っておる。だからこの因縁を解くとか、罪を許されると言う事は、とてもとても実際は出来そうもないほどに難しい事である。
 所が罪とか因縁とかいうものは、金光教の信心で言うと和賀心。信心によって生まれてくる所の、和らぎ賀ぶ心を持ってすると、それこそ霜に煮え湯をかけた様に、実をいうたら簡単な事だと。または詫びれば許してやりたいのが、親心じゃとこう仰るのです。そこにはもう罪もなからなければ因縁もない。だからそういう事ではないのだと。一番のお粗末ご無礼は、大天地に対する所のお粗末ご無礼だと。御理解第三節を呼んでみましょうか、御理解第三節。
 「天地金乃神と申すことは、天地の間に氏子おっておかげを知らず」もう第一ここんところから始まる。天地間に生を受けてその天地の間の、天地の親神様の氏子がおってもそのおかげを知らずと。「神仏の宮寺、氏子の家屋敷、みな神の地所、そのわけ知らず、方角日柄ばかり見て無礼いたし、前々の巡り合わせで難を受けおる」というここのところが一番素晴らしいところ。そんな事じゃない。「神仏の宮寺、氏子の家屋敷、みな神の地所」これは神仏の宮寺だけではない。
 ここ八幡さんの境内、ここは何々というお寺さんの地所だと普通では言いますけれども、それも皆神の地所だとこう仰る。お互いが頂いておる屋敷でもやっぱりそうです。誰々さんの名義になっておるけれども、本当言うたら神の地所である。それを、自分の物のように思う思い違いであります。教祖様は金光教でめぐりめぐりと申しますけれども、そのめぐりという事はここだけにしか出てこないです。
 前々のめぐり合わせで難を受けおる」とある。「日柄方位ばかり見て無礼致し」と。日柄方位を見るという事がどれだけ天地に対する御無礼だという事が分からなければいけません。実に簡単な事でほんにそうだろうかと思うような感じが致しますけれども、実をいうたらここが、一番人間の難儀の元になっておるのだと教祖は説いておられます。素晴らしいいうならば、喝破ですね。いうなら見破っておられます。見抜いておられる。因縁だ罪だというたら、人間の助かりの場が無い程しである。
 そう言う事ではない。もし因縁があるならそういう罪があるならばそれは詫びれば許してやりたいのがと仰るなら、知らぬ事とは言いながら、こういうお粗末ご無礼をしておると言う事をです、詫びれば許してやりたいのが親心で、またそういう難儀なもとというのが、和賀心一つでおかげになるというが、お道の信心。だからどうでも、和らぎ賀ぶ心を目指しての信心でなからなければ、ならないかと言う事が分かる。
 同時に天地の道理が分かり、天地のご恩徳を分かり、それこそ天地の間の中に指一本押すだけの所でも、天地金之神様の御恩恵なしにある所は、一ヶ所とてももないと言う事を知らなければならない。いうならば降ろうが照ろうが神様のご恩恵と頂き、全て一切のものがどんなに財産をもっておりましてもそれが、私の財産というのではなくて、神様の御物を財産を私が預かっておるというだけだ見地に立たせて頂く。そこに我情がない、我欲がない。ここのとこが本当に分かれば素晴らしいです。
 一切が神様の御物だと言う事が分かるです。そうするとです自分の持っておる、その借金もです、いいやこれは私の借金だと思うてこれは、私の借金だと言うて私のものにしておるから苦しい。一切が神様の御物だと分からせて頂いたら、その借金もやはり神様のものだという事になるのです。大天地に対する小天地。親神様に対する所の氏子という親子の中だから。借金が苦にならん。
 そこに真意にかなう所から、いうならば借金の重荷も段々減っていって、本当にいうなら神乍ら借金であり、神乍らなお支払いを頂く事が出来るという事である。神乍らに生まれて神乍らに死んでいく。そんならその途中であるところの、(たらい)から(たらい)に渡る五十年というその人生のその五十年という中身そのものも、やはり神乍らな生き方をしなければならないと、教祖は説いてある。自分のものと思うておったものは自分の考え違いであった。
 天地の中に良い日悪い日があるもの、と浅い人知でつくりあげたような物を頼りにしたり思い込んでおって、今日は何の日じゃから悪か日と、今日は何の日だから良い日と自分で天地に対するところに墨金を引くような大それたお粗末ご無礼というものがです、天地に対するお粗末ご無礼、これがたまりたまって、前々のめぐり合わせで難を受けおると。金光教で言う難の元というのはそれ以外にない。そこで今日からです、せまい天地をいよいよ広い天地にさせてもらう。
 家を建てるのにでもここは、鬼門だからいけないの良いの、もう使い勝手が良いのが良い家相じゃと仰る生き方。今日は何の日だから、かんの日だから良いの悪いのと言った窮屈な生き方ではなくて、日のお照らしなさる日はみんな良い日だ、天赦だ日という頂き方。しかもそれがね、いうならば前々のめぐりで難、前々のめぐりでそういう、天地に対するお粗末ご無礼な考え方が一掃される時にです、もう自由自在というか、自由無碍な生き方が出来るのです。
 いわゆる天地と共に極まりなく、そういう生き方を身に付けていく事が出来るのです。生きても死に手ても天と地とは我が住みかと思えという、そういういうならば死生観も生まれてくるし、一切天地の親神様のお恵みの中に生かされて生きてあるという人生観もまた生まれてくるのです。自由闊達そこに段々その事がいよいよ本当なものになってくる時に人間の幸せの条件の全てが言うならば自由自在に頂けてくるような世界も広がってくるわけであります。
 その手本が教祖の神様であり、言うならばちょっとした手本が、合楽でいうなら私であります。私の前にはいうならば天地に対する、お粗末ご無礼が言う所がない。良い日がなからなければ悪い日もない。神乍らに生まれて神乍らに死んで行く事でしょうけれども、その途中も今日も日々が本当に、神乍らな一日だったとお礼が言えれる。それはもう神乍らと言わなければおられないように。
 素晴らしい天地のリズムに乗った、日々なのですから、こんなに嬉しゅうして有り難うして、愉快な日々はないと言う事になってくるのです。そういう生き方があるのだと。それを教祖の神様が教えておられます。けれどもなんとはなしにあまりにも深遠で深くて、つかみようがないほどしに、分からなかった所を合楽ではいうならば生粋の所を、人間が幸せになっていけれると言う事。
 あの世にもこの世にも残していけたり、持っていけたりする程しのお徳を頂く為には、こういう生き方こういう信心にならせて頂かなければと説くのが合楽理念です。しかもこの道にでれば絶対だと言う事になってくるのです。しかもそんな大変難しい事じゃろうというて、そうではない本気で信心の稽古をさせて頂こうと思えば、本気で私共が取り組ませて頂けば出来んと言う事はない。とてもそげな事は人間技で出来る事ではないと言う事が一言もないと言う事。
 私共が本気でその気になりゃ、誰でもが出来るほどしの信心の手掛り昭和52年09月25日 朝の御理解



 御理解 第66節
 「人間は勝手なものである。いかなる知者も徳者も、生まれる時には日柄も何も言わずに出てきておりながら、途中ばかり日柄が良いの悪いのと言うて、死ぬる時には日柄も何も言わずに駆けっていぬる。」

 お道の信心では神乍らという言葉を沢山使います。日々が神乍らの一日である。神乍らに生まれる。そして神乍らに死ぬると。神乍らに生まれて神乍らに死ぬると頂けるところにお道の信心があると思うのです。今日のような忙しい時に生まれてとか、今日のような雨風のような日に死んだりしてとかと、例えばそれでもやはり神乍らである。自分の力ではどうにも出来ない事なのである。
 日柄も方位もいわずに勝手に出てきておりながらと教祖様は仰っておられます。死ぬる時にもやはり日柄も何も言わずに掛けっていぬるとこう言っておられます。それをなら金光様のご信心を頂かせて頂いて、神乍らに生まれて神乍らに死ぬると。人間の人生というものはいわゆる(たらい)から(たらい)の50年と言われます。その(たらい)から(たらい?)の五十年をいかに生きるかという事が信心です。いわゆる価値ある生き方なんです。値打ちのある生き方なんです。
 そこに私は真の信心があると思うのです。その真の信心をさせて頂いて稽古させて頂きよらんとです、神乍らに生まれて神乍らに死ぬると言えないし、また神乍らだなあと思わせて頂くようなおかげも頂けんのです。例えばお取次ぎを頂いてお願いをさせて頂く。例えば出産なら出産と言う事でもまあ、10月10日と言われますけれども、神様のご都合で何日早く生まれたり、何日遅く生まれたりと言う事もあります。
 そしてその願いをしておる人の一番都合の良い時期に、都合の良い時にご都合お繰り合わせが頂けるのです。この頃からビリグイ教会の末永先生ところもやっぱりそうです。毎日、掛かり付けの日本人の産婦人科の先生にみてもらっておる。ですからもういつ頃が予定だ、いつが、という風に決まっておるですけれども、安心しておられたのかなにか、丁度出産の時にその先生がおられなかった。三日間も旅行に出てあったというのです。その旅行中にいうなら催しが始まった。
 そこへあちらのブラジル人の御信者さんが二人お参りになった。そしてそんなら一つ私共の親戚に、産婦人科がおられますから、そちらに一緒に行きましょう。というてその方の親戚のいわゆる、ブラジル人の方の産婦人科の病院に入院させて頂きました。もう何から何まで万事お繰り合わせを頂いて、行きがけにまだこの位な痛みだから、まだちょっとやそっとで生まれるとは思われんけれども、まあそんなら行かせて頂こうというて、もう行ってから間もなく安産のおかげを頂いておる。
 しかも本当に安産であったおかげに、帰ろうと思われるならあくる日の事ですけれども、もう帰られても良いですよと言う様な、体の親子とも状態であった。いかにも掛かり付けのお医者さんが旅行中、そういういわば、ばちの悪い時に生まれるなんて、困ったことだとまあいうところでしょうね。ところが次のその次にはもう、あれそれ言う事も何もいらんそのまま、ブラジル人の先生のところに行った。
 そこには丁度総代をしておられる息子さんの嫁さんも入院しておった。そういうわけで、日本人の付き添いもおった。しかもアッという間に安産のおかげを頂いておられます。いうならばちが悪いとかまあ、丁度先生が、旅行中に生まれんでもという感じがちょっとするのですけれども、後から考えてみるとそれがおかげであった事が分かる。日本人の先生のところで生ませて頂けば二十万かかるそうです。
 ところがブラジル人の先生のところで生まれたからしかも一日しかおりませんから、一万円で済んだ。まあこれは金銭の上ですけれども、金銭の上でもなら、末永先生のところでは二十万と言えば大金に違いない。もう神様がわざわざそこに日にちを選って言って時を選んで下さっておるというのがその前後の事から分かるでしょう。言うならば信心をさせて頂いておったらそういうご都合お繰り合わせ。
 これは丁度、家のとりあげの真っ最中に生まれだんせんじゃろうかと、田植えの真っ最中じゃなかろうかと例えば言う様な日に当っておってもです、例えばお湿りならお湿りがあってまあ丁度うるいよけと申しますかね、その時に手を労せんで生まれるとか。本当に昨日まではあんな雨嵐だったのに、よっぽどその生前の行いがよかったのじゃろう。こういう、良いお天気の日に亡くなられたとか。
 そういう私はおかげが受けられるのがお道の信心だと。だからそこにどう言う事になるかというと、神乍らに生まれて、神乍らに死ぬることが出来るのが真の信心だというわけなんです。いうならばその為にはです、その途中が大事だと言う事。神乍らに生まれて、神乍らに死ぬると。そこで途中ばかり日柄やら、日柄が良いの悪いのというてと言う様な天地に対する御無礼な、何が一番御無礼というても天地に対するお粗末ご無礼が一番の御無礼です。人間の難儀の元は皆ここなんです。
 人間ですから様々な事がありま。御粗末御無礼な事がありますすけれども、まあそういう事はね、実をいうたら神様の目からご覧になったら、たいしたお粗末ご無礼にならんのです。けれども一番のご無礼は天地に対する不足とか不平とかお粗末ご無礼です。ご理解三節にありますように、人間の思い違い考え違いがそういう、お粗末ご無礼を致します。教祖様の信心のいうなら難儀の元というものを教祖の、いわゆる喝破しておられるというのはそのところが一番素晴らしいと思うのです。
 例えばキリスト教的に罪とか、又は仏教的に言う因縁とか、そういう前世においてそういう罪を犯しておる。又はそういう因縁を作っておる。だからこの因縁を解くとか、罪を許されると言う事は、とてもとても実際は出来そうもない、ほどに難しい事である。ところが罪とか因縁とかいうものは、金光教の信心で言うと和賀心。信心によって生まれて来る所の、和らぎ賀ぶ心を持ってすると。
 それこそ霜に煮え湯をかけた様に実をいうたら簡単な事だと。又は詫びれば許してやりたいのが親心じゃとこう仰るのです。そこにはもう罪もなからなければ因縁もない。だからそう言う事ではないのだと。一番のお粗末ご無礼は大天地に対する所のお粗末ご無礼だと。御理解第三節を呼んでみましょうか、御理解第三節。「天地金乃神と申す事は、天地の間に氏子おっておかげを知らず」もう第一ここんところから始まる。
 天地間に生を受けてその天地の間の、天地の親神様の氏子がおってもそのおかげを知らずと。「神仏の宮寺氏子の家屋敷、みな神の地所、そのわけ知らず、方角日柄ばかり見て無礼いたし、前々の巡り合わせで難を受けおる」というここの所が一番素晴らしい所。そんな事じゃない。「神仏の宮寺、氏子の家屋敷、みな神の地所」これは神仏の宮寺だけではない。ここ八幡さんの境内、ここは何々というお寺さんの地所だと普通では言いますけれども、それも皆神の地所だとこう仰る。
 お互いが頂いておる屋敷でもやっぱりそうです。誰々さんの名義になっておるけれども、本当言うたら神の地所である。それを自分の物のように思う思い違いであります。教祖様は金光教でめぐりめぐりと申しますけれども、そのめぐりと言う事はここだけにしか出てこないです。前々のめぐり合わせで難を受けおる」とある。「日柄方位ばかり見て無礼致し」と。日柄方位を見ると言う事がどれだけ天地に対する御無礼だと言う事が分からなければいけません。
 実に簡単な事でほんにそうだろうかと思う様な感じが致しますけれども、実をいうたらここが、一番人間の難儀の元になっておるのだと教祖は説いておられます。素晴らしいいうならば喝破ですね。いうなら見破っておられます。見抜いておられる。因縁だ罪だというたら人間の助かりの場が無い程しである。そう言う事ではない。もし因縁があるならそういう罪があるならば、それは詫びれば許してやりたいのがと仰るなら。
 知らぬ事とは言いながら、こういうお粗末ご無礼をしておると言う事をです詫びれば許してやりたいのが親心で、またそういう難儀なもとというのが、和賀心一つでおかげになるというがお道の信心。だからどうでも和らぎ賀ぶ心を目指しての、信心でなからなければならないかと言う事が分かる。同時に天地の道理が分かり、天地のご恩徳を分かり、それこそ天地の間の中に指一本押すだけの所でも、天地金之神様の御恩恵なしにある所は、一ヶ所とてももないという事を知らなければならない。
 いうならば降ろうが照ろうが神様のご恩恵と頂き、全て一切のものがどんなに財産をもっておりましてもそれが、私の財産というのではなくて、神様の御物を財産を私が預かっておるというだけだ見地に立たせて頂く。そこに我情がない我欲がない。ここのとこが本当に分かれば素晴らしいです。一切が神様の御物だと言う事が分かるです。そうするとです自分の持っておる、その借金もですいいやこれは私の借金だと思うてこれは、私の借金だと言うて私のものにしておるから苦しい。
 一切が神様の御物だと分からせて頂いたら、その借金もやはり神様のものだという事になるのです。大天地に対する小天地。親神様に対する所の氏子という親子の中だから。借金が苦にならん。そこに真意にかなう所から、いうならば借金の重荷も段々減っていって、本当にいうなら神乍ら借金であり、神乍らなお支払いを頂く事が出来るという事である。神乍らに生まれて神乍らに死んでいく。
 そんならその途中であるところの、(たらい)から(たらい)に渡る五十年というその人生のその五十年という中身そのものも、やはり神乍らな生き方をしなければならないと、教祖は説いてある。自分のものと思うておったものは自分の考え違いであった。天地の中に良い日悪い日があるもの、と浅い人知で作り上げた様な物を頼りにしたり思い込んでおって、今日は何の日じゃから悪か日と、今日は何の日だから、良い日と自分で天地に対する所に墨金を引く様な、大それたお粗末ご無礼というものがです。
 天地に対するお粗末ご無礼、是が溜り溜まって、前々のめぐり合わせで難を受けおると。金光教で言う難の元というのはそれ以外にない。そこで今日からです狭い天地を愈々広い天地にさせて貰う。家を建てるのにでもここは、鬼門だからいけないの良いの、もう使い勝手が良いのが良い家相じゃと仰る生き方。今日は何の日だから、かんの日だから良いの悪いのと言った窮屈な生き方ではなくて、日のお照らしなさる日はみんな良い日だ、天赦だ日という頂き方。
 しかもそれがね、いうならば前々のめぐりで難、前々のめぐりでそういう、天地に対するお粗末ご無礼な考え方が一掃される時にです、もう自由自在というか、自由無碍な生き方が出来るのです。いわゆる天地と共に極まりなく、そういう生き方を身に付けていく事が出来るのです。生きても死に手ても天と地とは我が住みかと思えという、そういういうならば死生観も生まれてくるし、一切天地の親神様のお恵みの中に生かされて生きてあるという人生観もまた生まれてくるのです。
 自由闊達そこに段々その事が、愈々本当なものになってくる時に、人間の幸せの条件の全てが、言うならば自由自在に頂けて来る様な、世界も広がって来る訳であります。その手本が教祖の神様であり、いうならばちょっとした、手本が合楽でいうなら私であります。私の前にはいうならば天地に対する、お粗末ご無礼が言う所がない。良い日がなからなければ悪い日もない。神乍らに生まれて神乍らに死んで行く事でしょうけれども、その途中も今日も日々が本当に神乍らな一日だったとお礼が言えれる。
 それはもう神乍らと言わなければおられない様に、素晴らしい天地のリズムに乗った日々なのですから、こんなに嬉しゅうして有り難うして、愉快な日々はないと言う事になってくるのです。そういう生き方があるのだと。それを教祖の神様が教えておられます。けれどもなんとはなしにあまりにも、深遠で深くて掴みようがない程しに、分からなかった所を合楽では、いうならば生粋の所を人間が幸せになっていけれると言う事。
 あの世にもこの世にも残していけたり、持っていけたりするほどしのお徳を頂く為には、こういう生き方、こういう信心にならせて頂かなければ、と説くのが合楽理念です。しかもこの道にでれば絶対だと言う事になってくるのです。しかもそんな大変難しい事じゃろうというて、そうではない本気で信心の稽古をさせて頂こうと思えば、本気で私共が取り組ませて頂けば出来んと言う事はない。とてもそげな事は人間技で出来る事ではないと言う事が一言もないと言う事。私共が本気でその気になりゃ。
 誰でもが出来る程しの信心の手掛りというものが、合楽理念の中には説いてあるのですから、どうしても合楽理念はね一つマスターさせて貰うて、合楽理念の日々行者でなからなければならないと言う事なのです。生きるも死ぬるも神乍らならその道程においてもやはり、神乍らでなからなければならん。そこで今日一日の自分の生き方というものが、果たして神乍らであったかどうかと言う事なんです。
 昨日一昨日の霊祭の時にもその事を取り上げさせて頂いたけれども、高鍋の古屋という方のお導きで沢山の人がお参りしてきます。その中にお参りはしてきませんけれども、お願いお取次ぎをしてあられた。というのは、ある教会に長年おかげを頂いて親子三代続いた信者さんで、息子さんがアルプス登山をなさった。そしてあちらで遭難されて亡くなられた。ところが丁度今はあちらは、冬山に入ったところだそうです。
ですから濃霧と三十分置きに続く雪崩でよりつかれないという事。ただリュックが一つ出てきただけで、もう手のつけようがないと言う事でそれこそ、天地の親神様、いうならば天地が自由になって下さるほどしの、合楽の教会にお願いをさせて頂きましょうというのか、御願いをしてくれというのか、どちらかは分からんけれども、御願いをしてさしあげましょうだったと思います。古谷さんが親切にここに電話をかけてこられた。
 それからそのお繰り合わせを願わせて頂いて親戚方、5.6名の方であちらに発たれました。それであちらから電話が掛って来て、こういう状態の中でとにかくあの、手がつけられないような状態だというお届けがあった。これこそ30分置きの雪崩というからよりつかれないわけ。所がおかげを頂いてその遺体が分かった。それはもう不思議な不思議な私は改めてその手紙を見たり、話を聞いて分かったのですけれども。
 とにかくその遺体というものが、こんなこんな具合でその下のほうへ、雪崩と一緒に落ちてきてですからもう、遺体がもうみられないような、無残な状態であるのが当然だというのです。それでその、下の方へ雪崩と一緒に押しやられるようにして、それが本当に無傷状態であったという。しかもそういうこちらからやらせて頂いて、時に、そういう雪崩に押しやられて遺体が出てくる。
 もうどんなに考えても、奇跡というより外ない様なおかげを頂いておる。それでその方が何気なしに、テレビをちょっとひっぱった所が、丁度その場面がテレビに出てきたち。その山から遺体を降ろしよるところ。でその遺体の上には一杯、菊の花が飾ってあったっち。やっぱりあちらの方でも、昇天の式というのをあちらふうになさって、それを荼毘に付して、御遺骨として帰られたわけですけれどもね、そういういわばお繰り合わせの中におかげを頂いた。
 所がどっこい三代も続いて、信心をさせて頂いておるのにも関わらず、どうしてこういうことが起こったであろうかと言う事がそれこそ、腹が立つような感じでしょ、ここに書いてあるのが、そういう風に書いてあるです。まあそこんところだけを読んでみましょうかね。「信心三代目。本人は幼児より教会の御用に使うて頂くこと多し。母ただ子供の幸せを願って信心を続けしが、なぜにこう言う事が起こりたか。これがおかげとはとても思えん。先祖のめぐりとは何か。
 防ぎようのなかった事なのか」と一ニ三にわけて、その自分のやるせのない思いをこんな風に表現しておられます。めぐりというのは一体どう言う事なのかと。やっぱりそれはめぐりですよと教会に参って先生に言われたでしょう。もうどげなめぐりかといや、それが分からない。しかも本人は小さい時から、教会の御用をさせて頂いておった。先祖のめぐりとはどう言う事なのか、こういう大変な事が防ぎ様がなかったのか。という質問。だから私はこれを頂いておったけれども。
 とにかく霊祭のあの忙しい時でしたから、ただ後から読ませて頂こうというて昨日実は読ませて頂いた。それに西岡先生のとこ行かれて色々お話をさせて頂いて、そう言う事分からんなりに、こういうお取次ぎをさせて頂いたという話をして、あのおりましたが、本当に今日の親先生の話でね、なんとはなしにすっきりとはいかんけれども、愈々分からせて頂いたというて、帰られたそうですけれども、これは例えば御霊様を切り刻みするようなことだから言える事ではないけれども。
 私は第一思う事はね、いうならば征服する、自然を征服する、もう大それたこれは人間の思いあがりですね。人間にはやっぱり征服欲と言った様なものがあります。人が出来んことを成し遂げて、言う事を征服すると言う事なんでしょうけれども、人が登った事のないような山を山頂を極める。いうなら征服したとこう申します。第一その自然をね、に逆らうというか、自然もここまでだよというて、壁をしてある所を打ち破っていこうとする、自然に対する所の先ほどから申します。
 自然に対する所のお粗末ご無礼が一番のご無礼になるのだと。ある有名な登山家の言葉のなかに、どうしてこんな危険まで冒して、その登山をするのか、「それは山があるからさ」と言うたち。まあ素晴らしい言葉として残っておるわけです。なら泥棒捕まえてお前はどうして人の物を取るかち、そこに金があるからさと言うたらお終いじゃないか。そこに物があるからさ。そんなことじゃない。先祖がめぐりを作とったからそういう災難に遭うたというのじゃない。
 信心しておるからこそ、神様はそう言う事にならんように、ならんように話を聞かせて頂いたらあっておる。それを昨日西岡先生から聞いたのですけれども、大体三人で登山するようになっておった。その二人がのっぴきならない用件で行けなくなった。そこでねもし合楽の御信者さんなら御神意を伺うたでしょうね。いうなら神様がね、そのようにして、止めさせ止めさせようとする働きを感じ、さっきから言う日頃のいうならば、生まれて死ぬるまでの中間も、やはり信心でなからなければならない。
 神乍らな生き方でなからなければならない。思いたっとったけれども二人までもが、しかもそういう危険な事に取り組もうというのにです、いけなくなったのだから、神様が行くなと言うてござるのだなと、リズムを聞き続けておったら、それがすぐに実は分からなければならないのです。それを押し破るようにして行かれたと言う事。それでもやっぱり金光教の信心をしておられたおかげで、合楽におかげで縁を受けられた。
 そしてその前後の事聞けば聞くほど、神様のお働きを頂いておるといわずにはおられないのだけれども、何故死んだかと言う事になってると、そういうおかげも目に見えないくらいに、こういう不幸な事になったですけれども、神様のお恵みの中にこういう、都合お繰り合わせを頂いて無事に、いうならばお骨を日本の国に、持ち帰る事が出来ましたと言う所ですけれども、そんな事はおかげとも思っていない。
 ただ死んだと言う事だけが、いうならば信心してどうしてこう言う事が起こったのかと、それを金光教ではめぐりと片付けられてあまりにもの事だ。それでは自分は合点がいかん。こう言う様な災難が掛って来るのを何とか、防ぎようがなかったのかと、いう質問になってきておるわけです。だから信心は頂いておっても、神乍らに生まれて神乍らに死んでいくならばいうならその、途中も神乍らな生き方にならなければならないかと言う事です。それを教祖は色々な角度から説いてありますけれども、あまりにも漠然。
 それを合楽理念ではですね、その気になれば日々が、神乍らな生き方として頂けれる、生き方をいうならば、微に入り細に渡って説いてあるのです。それを一言で言うと、日々が天地のリズムに乗っての、生き方でなからなければならないよと言う事です。合楽の人達がです、火急の場合にどこどこに行こうと思うた。ところが不思議な事にいうなら、ゴーストップのところで、青から青はあ、これは神様から許されておる印だなあと思うていく。所が反対にそこ行っても赤、あそこ行っても赤、何か事故があって前に行かれんというなら、合楽の人ならばすぐ気付くだろう。
 はあ今日は、神様が行くなと言いござるなあと思うでしょう。合楽で本気で稽古させて頂いたら。それがどういう場合でも。ある青年が彼女と今日はデートの日であった。それで、お取次ぎを頂いてやらせて頂いた。ところが一ニ時間したらまた帰ってきた。グシャリしたような顔して帰ってきた。どうしたかと聴いたら、今日はね何かその手違いが起こってから会う事が出来なかった。
 その時に腹が立ったけれども、いつも親先生が言われる、はあ今日は神様が会うなと言いござるなと、思うて待たずに帰って来たとこう言うのである。いうなら彼女のデートの上にまでも、そういうリズムが生まれてくるのですから、腹が立てんですむ。これもある青年がお願いに来て、今日は彼女の家に行こうか、自分の家に帰ろうかと思うた。久留米の方へ行かんならん。ところが久留米の方のが、待っても待ってもこんけれども二台も吉井行きのほうが来た。
 はあ今日は会いにいっちゃいかんと、言いござるばいなと思うて、吉井へ帰ったという。例えばそう言う様な事柄の中にもリズムが出てくるのです。いやそれでもと言うて行きゃ久留米行きのバスも来るとは来ましょうけれどもね、それでは本当に良いデートは出来ない。デートだけのことではない。一時が万事そうです。本当に天地のリズムが分かるようになると、そのリズムに乗った日々の生活ですから、今日もいうなら神乍らな一日であったとお礼が言えれる。
 そういう中身があって初めて神乍らに生まれ神乍らに死んでいくと言う事になるほどしのおかげが受けられるのだと言う事です。そこで今日は御理解三節、で例を頂いて大体実を言うたらここが一番大切な所です。私の難儀な元というのはね、天地に対する所のお粗末ご無礼。天地の働きに墨金を引くような事をする所に、不自然な事になってくるのです。今日はね生まれるのも神乍ら、日柄も言わずに生まれてくる。
 死ぬるにも日柄を言わずに、いくことになりますけれども、信心をさせて頂くものはその、途中を神乍らな生き方をするから、神乍らなお国替えと言う事にも繋がってくる。信心をさせて頂いておれば末永先生の例をとったように、それこそ一番都合の良いように、一番安産のおかげが頂けれるように、値段も安うしてしかも、御用をしておる方達も手が揃うておると言う様な、中に生まれる事が出来ると言う事が分かるでしょう。
 日頃彼の信心がいかにリズムに乗った、生き方をしておるからです。自分方の嫁ごが出産と分かっておってそれば、ほうからかしてから旅行にでん行ってと腹かく事も何もいらん。神様のご守護というのはいつも絶えず、それこそ水も漏らさん働きがあっておるのだけれども、こちらの心が大きく破れておるから、そこからおかげが漏ってしまうのです。そういう生き方を第一に、身に付けなければならない。
 大体今日このご理解はね信心の無い者、信心の薄き者のいうならば、いい加減な生き方を皮肉っておられるような感じですね。出てくる時には日柄も言わずに、死んでもやっぱり、日柄も言わずに死んでいくじゃないかと、言う様な感じで説いておられます。ですから今日は私はその中間、それこそ「たらいからたらいへ」渡る、その50年間というそのところを、信心に基づいた生き方をしなければならない。
 そこには神乍らに生まれて、もう一生が神乍らと言う事になるね。いわゆる神乍らにお国替えを頂いて、それこそ教祖様じゃないけれども。はぁ心安しと神様に心の底から、お礼を言うていうなら、お国替えのおかげを頂けれるほどしの、おかげが頂けれるのがお道の信心。それでも信心を頂いておるというても、そういう神乍らな生き方を、身に付けていかない信心はやはり、大したことはないと言う事でございますね。
   どうぞ。